結婚できないと言われて。2017

 

新年あけましておめでとうございます。

昨年は大変お世話になりました。

今年もよろしくお願いいたします😸

 

 

2016年は、まわりが結婚ラッシュみたいになってて、え?あいつまで!?みたいな話までたくさんあった。

あと子供が生まれた人も!

みんな幸せそうですね~

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2017年はそれ以上に慌ただしい年となることが予想されます!!😸

 

 

思い返すと自分には、

昔からよく言われてきたことがあって。

 

 

結婚できない

 

ってよく言われたなぁ、と。

 

友だちだけでなく、親にも言われたことだった。

昔かなりの潔癖性だったこととか、性格がトゲトゲしかったりとか、デリカシーないこととか、あと恋愛で人を傷つけることもたくさんあって、

かくかく然々で、自分は生涯そうして生きていくんだなって思っていた頃もあった。

 

他にも、

○意外と馬鹿

○話忘れる

これらは仲のいい友だちには結構言われることで、自分では信じがたいが、もはや本質であることはもう否定しようがない😂

 

だからといっては変だが、自分なりに軌道修正できるように色々頑張ってきたつもりはあって、対人関係においても気をつかったりとか、いろいろな心掛けも大事にするようにしてきた。(これでもしてきたんです)

すべては結婚するためとは言わないが、

最低限、結婚できる資格はほしいと思ったからだ。

 

 

10年くらい前かな?結婚できない男」というドラマが阿部寛主演でやっていた。

マジで勉強になったドラマだった。

神経質でこだわりが強くて逐一周りと軋轢をうむ阿部寛の恋模様が描かれていて、自分としては「なるほどこれが結婚できない理由か」と勉強する内容が多かった。

 

あのドラマから10年くらい経って、もう結婚してもいい歳になった。

そして最近は結婚できないと言われることもそういえばなくなった。(みんなが本音を言わないだけ!?)

 

 

結婚は半分がノリだと思っている。

どんなに慎重に考えたって、自分の性格を考えればきっと決断できない。

と最近分かった。

 

だから半分はノリ!

 

当然考えはするけど。

 

相手がいないのに結婚の話だけすすめてもしょうがないけどさ、

自分なりに明日をどう生きて、将来どうありたいかって話くらい率直に話していってもいいよね?

 

結婚できないとか言われてきたから(人のせい)、恋愛とかクソ喰らえとか前は思ってたし、周りのコイバナに「結婚できない俺」が入ったら浮くと思ってた。だから避けて生きてきた。

でも、もうそろそろ自分をリリースしていかないとまずいと思うのも最近なんでヤンス。

 

 

2017年、色々がんばろ!!

 

そして結婚しよう!!

 

 

 

 

 

 

 

グワシ😸

2016年と厄年の恐ろしさ

 

※スピリチュアル要素を含みます。

 

 

おはこん😸

暇だと更新しちゃうね。やばいね。

 

色々あった一年が今日で終わろうとしている。

 

今年唯一の華々しい出来事は、姉が、大学一年生から付き合ってた人と結婚したこと。それくらい。 

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対する自分の2016年は災難が多かった。

去年まで順調にすすんでいた(すすみすぎていた?)人生が、なにをどこで間違えたのか、一瞬で終わるんだなぁって思った年だった。

 

仕事辞めてニートになって、あー自分って何も持っていないんだなってその時実感して。

なんていうか、今まで自分が持ってると思ってたものって、実は最初から持ってなんかいなかったことが分かった。

 

その間とか、いろんな人が支えてくれたし、そういう人たちの優しさがほんとうに嬉しかった。

自分は、デリカシーとか優しく振る舞うみたいな、人間が本来持っていなきゃいけないスペックすら欠落していて、そういうのの大事さをはじめて分かったのも2016年だった。(遅すぎ)

いや、デリカシーは今もないけどさ😸

 

終わったと思いこんでた人生も、運よくすぐ持ち直して、新しい発見とか新しい目標とかも出てきたりして、人生って簡単には終わらないんだなぁと最終的には実感した。

 

生き急いだってしょうがないんだな。

 

 

思い出に浸ってるみたいでどうしようもなくなってきたが、

2016年、なぜ色々あったのかについて考え そして自分なりに出した結論を端的に述べたいと思う。

 

 

 

今年、なぜ色々あったのか。

 

 

 

それは、前厄だったからだ。

 

 

いやマジでこれ以外に思いつかない。

 

これについて、あなたは、非科学的で観念的な話で聞くに値しないって思うにちがいない。 

 

自らの力ではどうしても抗えないものに直面したとき、「あ、これが運命なのか」とほんとうに思ってしまうものなのです信じなさい。

だからこの根拠のないスピリチュアルをどうか寛大な心で受け止めていただきたい。

 

 

来年は厄年、もうすでにビビってる。 

厄年の破壊力は前厄の2倍といわれる(いもけんぴ説)ので、これの2倍とか結構つらめっしょ。

 

あと、年齢をいうとしばしば「若っ!!」と言われますが、1月生まれの私はまだピッチピチすぎる23歳なんですよ!

だから同じ学年の人より1年遅れて厄年がやってくる。

 

 

厄年なんて概念、神社が人の足元みながら儲けるためのキャンペーンに他ならない。

そんなもの、ノストラダムスフリーメイソンなみに信用ならない。

そんなこと誰だって知ってる。知ってるんだけどね…

 

 

…でも …ほんとみんな、

 

 

厄払いはいこーーーな!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

グワシ😸

なんの断りもなく、なんの配慮もなく、タバコを吸う輩について

 

年末年始休暇に入りまして、落ち着いたところで久々にblogを更新します😸

 

非喫煙者と同席しても、タバコを平気で吸う輩に対してちょこっと思うことを書いていこうと思います。

喫煙者は是非戻るボタンを押してください…😂


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誤解のないように最初にいうと、これは喫煙者一般を指しているわけではない。

喫煙は勝手にしたらいいと思う。

はじめてタバコに火をつけるきっかけは、かっこつけか人生がうまくいってないかのどちらかだと思っている。(完全な偏見)

だからその点において同情している。

(これ以外の理由があればむしろ教えてくださいすみません😂)

 

タバコはストレス発散~とか言ってるのを聞く限りでは、きっと彼らの趣味や生活の一部であろうことは推察できるし、それが究極的にいうと大気汚染に繋がっていることを除けば、とくに反対する理由はない。

どうぞタバコ、吸ってください。って感じだ。

 

 

ここで問われるべきは、喫煙マナーの方である。

 

 

非喫煙者にとってタバコの煙は臭い。

 

個人的にはそれだけだ。

 

歩きタバコをしないことだけでマナーがあると思っているのであれば、それは間違いで、

走っていようが止まっていようが、煙が非喫煙者にかかればマナー悪いデスヨそれ。

 

 

部屋中にモクモクがたちこめて、しばらくして、

「あ、タバコ大丈夫だっけ?」

とか笑顔で言われても、

「うん大丈夫だよ(ニコリ)」

と答える以外に我々非喫煙者には手段がない。

 

本音は(臭いし平気で吸い出すあなたの無神経さにイラッとはしてるけどこれを言うとあなたとの関係性が壊れる可能性を鑑みればギリギリ我慢できるから)「大丈夫だよ(ニコリ)」

であって、臭いが「大丈夫」ではないで?勘違いしたらアカンで?

 

ちなみに付け加えるのであれば、

(喫煙者は自らを経済的かと思っているかもしれないが、タバコ製造市場の独占と、健康被害による医療費負担から非経済的である可能性を提示してあげてもいいけどそこまでいうとかわいそうだからとりあえず)「大丈夫だよ」

であることも忘れてはならない。

 

 

 

昨今の風潮としては、禁煙ブームだ。

海外に行ったことある人なら分かるけど、やっとこさ見つけた喫煙所でタバコ吸ってる人は、日本人やアジア系の人くらいだろう。

 

それに便乗してなのかエコノミーな発想なのか、日本も禁煙ブームで、喫煙場所は減り、喫茶店さえ禁煙化していく中で、喫煙者は口を揃えて言う。

「肩身が狭くなった」

と。

 

喫煙者の肩身と引き換えに、私たち非喫煙者はなにを手にしたのか。

 

それはあなたたち喫煙者に奪われた新鮮な空気ですよ!!わかります!?

 

 

ここでひとつ明らかにしておきたいのは、喫煙者は加害者意識がまるでなく、あたかも自分たちが被害者であると思っている人が少なくない。

 

これは極論をいえば、クラスでイジメが問題になり、イジメができなくなった時、

イジメっ子が

「肩身が狭くなった」

と言ってるのと同じだ。

 

突然くだらない相対主義を持ち込んでくるなよ!!

 

 

 

日本の成人男性の喫煙者率はたった3割だ。

にも関わらず、喫煙者と非喫煙者の関係は平等ではない。

なぜなら、"正常なスメル"という大事な生存手段を喫煙者が握っており、非喫煙者は反撃する手段を持たないからだ。

 

これは非喫煙者の口臭がタバコの煙を上回るくらい臭ければ済むという話ではない😂

 

アメリカにおける銃社会をめぐる論争と同様、 

ラウドマイノリティとサイレントマジョリティの関係になっている。

 

虐げられしサイレントマジョリティたる、非喫煙者よ。今こそ分煙、禁煙化をすすめ、奪われた新鮮な空気を取り戻すしかないだろう。

 

 

万国の非喫煙者よ、団結せよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

グワシ😸

 

トランプが与える「夢と希望」

 

アメリカ大統領選で、ドナルド・トランプが勝利した。

 

冒頭からはっきりいえば、自分はトランプ支持では決してない。

トランプはバカでracistだ。それ以外の何者でもない。

いまだにヒラリーが勝てばよかったと思っているし、トランプ以外であれば民主党候補のだれでもよいとさえ思ってしまう。

ヒラリーのほうが票を獲ったのに、トランプが勝ってしまったことにも納得がいかないほどトランプfuckoffだ。

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そして選挙・政治分析については、きっと政治学者がそれぞれ持論を持ち出だすだろうけど、今はなんとなく思ったことがある。

 

 

ヒラリーにあってトランプにないものは、たくさん思い付く。

 

だが、ヒラリーになくてトランプにあったもの。

これを独断と偏見で、自分が思っていたことを書いてみようと思う。

 

 

トランプのような人種とか性別とか、そういう前時代的な価値観を持ち出すアメリカ人っていうのが一定数いるのは知っている。アメリカは田舎にいけばいくほど白人至上主義は色濃く残っている。アメリカに行った時にもそれは強く感じた。

 

そういう層は最初からトランプ一択だ。

彼らはヒラリーのようなリベラリストなんか吐き気がするのだろう。

日本にもいるっしょ?そういう人たちって。。

 

だがそれだけでは絶対に説明がつかない。現にトランプが勝っているということからも。

 

 

トランプにあったもの、それは「夢と希望」だと思う。

 

 

アメリカという超格差社会に生きていて、失われるもの。

正規雇用ですら不安定就労で、あらゆる局面で金持ちに優しく、庶民に厳しいアメリカ社会で労働者が一番失うもの。

 

それは、誇りのようなものではないか。

と最近思う。

 

普通に生きていて、なんとなーく時代の閉塞感がアメリカ全体を覆う中、

自分の仕事にすら誇りに思えない、

なんのために働くのか、

なんのために生きているのか、

自分なんてちっぽけなんだ、

と思ってしまうっていう労働者の感覚、恐らくヒラリーには理解できない。

 

この感覚を理解できるのが、むしろ政治経験のないトランプの方だ。

 

 

労働者は負け組じゃない!!

労働者のために!!

偉大なアメリカをもう一度!!

これを人口の最大派閥である白人労働者階級に共有できさえすればよい。

労働者の誇りに訴えかける力強い演説は、アメリカ中にものすごい「夢と希望」を与えてくれたと思う。これは聞きながらほんとうにそう思った。

 

 

一方のヒラリーは、リベラルな価値観を説いただけだ。(正しいのだが)

富裕層にも労働者にもいい顔をして、結果的に労働者の味方という判断は下されなかった。

 

ヒラリーは強すぎた。

ヒラリーのように人種による差別のない~のようなことを堂々と言える人は自己肯定感の強い人なんだと思う。

人は弱い。

黒人が経営者だったり大統領だったりすると、あいつらこの前まで私たちの奴隷だったのに~と人は本気で思ってしまう。

隣の芝生が青くみえるし、大きい芝生が自分より身分が低いやつだと妬ましいんだよ。

 

 

トランプの主張は端的に労働者の側に立っていた。そして労働者に誇りを取り戻し、「夢と希望」を与えてくれた。

だがそれは決して現実的な政策において労働者の味方というものではない。

主張の本質はracismというトランプの本懐へと回収され、歪曲される。

 

トランプは隣の芝生を攻撃したに過ぎない。

ナチがそうであったように。

 

 

せっかく手にしたオバマ路線というアメリカ史的な、人類史的な進歩を投げ捨て、暴言演説にあったような、人種や性別による分断を扇動するのなら、それは後退に他ならない。

 

アメリカ民主党よ、ひいては共和党よ、二大政党の看板を背負ってきたからこそ、向くべき方向は労働者しかないのではないか。

人種や性別といった先天的に変えられないものを理由に差別がおこなわれることは、国家最大の恥ではないのか?

 

今、全米で反トランプデモが勃発している。

大統領選直後に反政府運動とは驚きの連続で、任期まで大統領もつのか?とも思えてきた。

 

 

自由の国アメリカよ、

Fight for liberty」!!

 

 

 

 

 

 

 

グワシ😺

公務員の真実。

 

「公務員は誰の金で飯食ってんだ!」

「公務員の給料は高すぎだ!下げろ!」

 

てきなよく見かけるサラリーマンの居酒屋談義。

 

 

そういうのを軽いノリで言っちゃうあなたに衝撃的な真実を教えて差し上げよう。

 

 

公務員は、3人に1人が非正規(パート・アルバイト)だ。

 

 

地方公務員の40万人が非正規。(自治労調査)

 

中央省庁などに勤める国家公務員ですら、およそ14万人が非正規。(総務省調査)

 

 

非正規公務員の過半数が年収200万円以下である。

 

いわゆる「官製ワーキングプア」というやつだ。

 

 

年収200万円以下ではふつうに生活なんか送れない。ましてや結婚していたり子供がいる場合なんかは、ほとんどの人が掛け持ちでアルバイトをすることになる。

 

自分の体験からも、役所の電話対応してくれた人が実は非正規であるというケースが少なくない。

「私は臨時職員ですので上のものに変わります。

と言われるケースがたまにある。

 

え!?臨時職員さんだったの!?会話スペック超高かったから完全に正規職員だと思ったわ!!

と驚いたこともしばしば。

 

公務を扱うので、非正規でも様々な能力が求められるし、尚且つ人柄もみんないい。

このハイスペックで年収200万以下で働かされるなんて。。

 

 

公務員の非正規化と定員削減により、今や正規の公務員になるのは狭き門だ。かなり難しい。

警察官や学校教員、特別職などの中には、比較的に難しくないものもあるが、自治体や国家機関の行政職を目指すのは、かなりの努力が必要になる。

 

 

http://www.jichiro.gr.jp/jichiken_kako/sagyouiinnkai/32-rinsyoku.hijyokin/contents.htm

 

http://www.tokyo-np.co.jp/article/seikatuzukan/2013/CK2013091102000187.html

 

詳しく知りたい方はどぞ。。

 

 

 

公務員の非正規化は、公務の民営化の嵐となる1980年代まで遡らなくてはならない。

 

 代表的なものでいえば、

 中曽根内閣の国鉄民営化と、

 小泉内閣郵政民営化だ。

 

60万人の職員を持ち、公務員の最大派閥であった国鉄を解体して、全国規模での民営化(公務員の首切り)をはかり、国鉄はJRとなり、郵便局も同じようにして、日本郵便とされた。

 

「行政の無駄を省く」として行われたが、実際には政治的策略として民営化がはかられた。

 

当時日本社会党最大の支持母体であった総評の中で、最も力の強かった公務員の労働組合潰しを最大の目的としていた。

 

全国的な反対世論により、民営化はかなり中途半端な状態となったが、民営化自体は事実上成功し、総評の解体や日本社会党の衰退へと繋がったのは間違いない。

それを皮切りとして、公務員は攻撃の的とされるようになった。

 

今日におけるJA解体構想がこれにあたるかもしれない。

 

 

それまで「公務員は誰の税金で飯食えてんだー」なんて発想をする人はまずいなかった。税金の使い道において公務員の給与は大した割合を占めないからだ。

 

日本経済の低成長と、大企業の内部留保という戦略から、日本の平均的な賃金は一貫して右肩下がりとなり、派遣やアルバイトという働き方があたりまえとなっていく中で、高度経済成長時代からほぼ変わらない給与体系を持つ公務員は高給取りとして見なされるようになった。

 

 

さらに、意図的に公務員だけを攻撃の的とするように仕向けらる、ある種のイデオロギー的大宣伝が行われた。

 

大阪市役所を中心にした橋下さんの「大阪都構想」などが分かりやすいかもしれない。 

サラリーマンの納税者意識に訴えかけるように、あるいはその内部憎悪感情を煽るようなかたちでの地方行政叩きや、生活保護バッシングなどが、政治家を中心におこなわれるようになったのが象徴的だといえる。

 

今日しばしば話題となる、国家戦略特区(解雇特区ともいう)の活用など、公務員の非正規化や、公共事業規制緩和など、公務を中心に削るというやり方が大阪を中心に(東京もだけど)やられはじめている。

 

それらと平行するように、公務員の大幅な定員減を目指し、区(市)役所では新規採用ゼロ人となった年度がいくつもある。

 

 

 

「公務員の給与を下げろ!」

という人に少しだけ聞いてほしい。

 

 

公務員は決して税金の無駄遣いではない。給与は常に働く人の生活を保障する"生存手段"だ。

あなたの仕事がだれかにとって必要であるのと同じように、公務員も必要であるから存在している。

 

公務員の給与を下げても、あなたの給与があがることは決してありませんよ。

 

 

生活さえ厳しい人は、ここ東京にだってたくさんいる。

それが公務員であろうと民間だろうと、働いてない人であろうと、給与や生活保護といった、"生存手段"を攻撃するのをいい加減やめよう。

 

 

 

 

 

 

 

グワシ😺

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その服どこで買ったの!?っていう不毛な会話について。

 


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どうも、ドンけんぴです(* ̄∇ ̄)ノ

 

 

「その服どこで買ったの!?」

 

という質問を、ごくごく稀にされることがある。

 

それはいい。

 

 

でも、

「全身UNIQLOだよ」

という返答にビミョーな顔するのをやめろ!!!

ブランド物なんか持ってないわ!(-ε- )

 

 

そもそもブランドとはなんなのだろう。

 

そういえば以前ルノアールに入った際、コーヒーの味は普通なのに一杯500円もとられた。

「マジでたけー誰だよこんなとこくるリッチピープル!」とか思うが、周りが満席であることにもびっくりした。

ルノアールは、ドトールやスタバより値段が高いが、あえて足を運ぶ人がいるそうな。。これがブランドってやつか?

 

宝石も同じで、ほとんどが原価を遥かに越えたクソ高いガラクタ(暴論)なんだが、高いからこそ価値(市場価値とは別)があると何故か思ってしまう。

 

この"因果関係の逆転"的発想に業界はつけこむ。

 

価値があるから高いのではなく、高いからこそ価値があると錯覚する人の心理を利用するのだ。

 

 

アフリカではダイヤモンドがいまだに大量にとれるのだが、そのすべてが市場に流れることはない。ダイヤの市場価値が下がるからだ。

宝石会社が、紛争を利用して、ダイヤをゲリラ組織から裏ルートで入手していることを告発した「ブラッド・ダイヤモンド」というアメリカの映画があったが、おおよそ真実に近いものではあった。

あなたが手にするブランド品とはまさに血塗られたものかもしれませんよ(  ̄- ̄)

 

 

つまり、ブランド志向の人の発想には

ブランドの服や物は高いからから価値のあるものだ。

価値のあるものを纏う自分はすごい人だ。

というように、二重に"因果関係のパラドックス"が存在するのかもしれない。

 

あるいは世の中こそが"因果関係のパラドックス"でできているのであろうか。(意味深なことを言いたい病)

 

 

UNIQLO利用者を蔑むなぁ~ヾ(≧≦メ)ノ

 

 

 

 

グワシ😺

 

ジェンダーとセックスとミソジニーと。

 

( ・3・)

 

前回の初投稿ではよそよそしく敬語だったが、タメ語のほうが落ち着くことが分かった!!

偉そうだけどね。。

 

ジェンダーとセックス。

この文脈で使われるセックスを性行為だと思った人は少しヤバい。今すぐ【戻る】ボタンを押そう(* ̄∇ ̄)ノ

 

 


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画像の入れ方分からず、なんか貼れたから貼ったけど、エマ・ワトソン 

世界的に有名なフェミニストだそうな。

 

ジェンダーとは社会的な性別を指し、セックスは生物学的な性別だ。前者は「男女」で後者は「オスメス」のこと。

 

 

冒頭からはっきりいえば、日本の男性は少なくとも3割がミソジニストだ。

ミソジニーを少しでも持っている人を含めるならば、9割を越えるだろう。そして私も気付かずにミソジニーを心のどこかで持っているのかもしれない。

 

ミソジニー (英:misogyny) とは、女性や女らしさに対する嫌悪や蔑視の事である。 女嫌い(おんなぎらい)、女性嫌悪(じょせいけんお)、女性蔑視(じょせいべっし)などともいう。❮

by wikipedia 

 

 

一般的にジェンダーフェミニズムを唱える人といえば女性が一般的だ。被害者だからだ。

だが、人口の半分が男性であるのだから、男性からジェンダーフェミニズムを唱える場面はもう少し多くてもいいと思っている。

あるいは男性がそれらに気付かなければ生涯ミソジニーはなくならない。

だからこれはできれば男性にこそ気にかけてほしいものでもある。

 

 

「自分は風俗に行くけど、彼女が風俗やってるのはヤダ」って言うヤツor思うヤツ。これを典型的なミソジニストと仮定するともしかしたら分かりやすい?

 

自分の性欲を満たすのには事欠かさないが、ひとたびそれが"自分の女"となれば「そんな汚いとこで働くんじゃないこのアバズレ!!」と、この調子である。

汚してるのは誰であろうか。あるいは汚れたイメージは誰がつけたのだろうか。

はたまた売春の根底には経済格差が?

 

 

男同士の会話で普遍的に出てくるものといえば、

「あいつ結構色んな男とやってるよ」

てきなやつだ。

 

お前こそ色んな女とやっているだろとも思うが、男のそれはいつも免罪され、女のそれはこっぴどく批判の嵐にさらされる。

 

当然これらには「女性の貞操観念は高くなくてはならない」というミソジニー的前提があるからだ。

 

 

ベッキー騒動もまさしくそれだった。

 

ゲスでゲスな川谷以上にベッキーが叩かれた。川谷は配偶者を持ちながら浮気したクソ野郎だから許しがたいが、川谷への世間の風当たりはなんとも優しかった。

 

対するベッキーは、週刊誌でもテレビでも笑い者にされていた。普段は潔癖で下世話な世界からは程遠いベッキーがこんなことしやがったー!てなノリで、皆がよってたかってイジメてたのを見かけた。

それと同時に、ベッキー叩きは必ずしも男性だけではなかった。

 

川谷の奥さんへの同情もあって、下世話な深夜番組では女性タレントもベッキー批判を繰り広げていたし、それが矢口真里の時となんら変わらない批判であることも分かった。

これが女性のミソジニーである。

 

なぜ女性のミソジニーがあるのかは、

新入社員が「残業ばかりで辛い!ほんとこの会社どうかしてる!!」

と思った10年後、

「今年の新入社員帰るのはやくね?自分はあんなに残業に耐えたんだぜ?いけすかねーぜ!!」

という図式を、「あの女許せない」というものに当てはめてみて、なにか相違はあるのだろうか。

 

 

 

ミソジニーは歴史的な男女の権力関係から出てきた以外に説明がつかない。

原始時代、奴隷制時代、権力とはすなわち「腕力」だった。食物の収奪合戦で、その集団で一番力の強いヤツが権力者だった。だから女は権力闘争で最初に負けた。

「腕力」という権力関係が見えにくくなったのは「法」が最大の権力を持ったからであって、それが完全に淘汰されたことは一度もない。

 

明治時代まで「姦通罪」が存在したのだって妙に納得である。

 

 

 

なんだか書いてるうちに止まらなくなっていて自分でも少し驚いたが、なにが言いたいかっていうと、

 

「そろそろ俺たちはミソジニー卒業しようゼ?」っていう。

 

フリーセックスとジェンダーフリー

男が男を好きでも、女が女を好きでも、全部いいことじゃないか!!

愛の形が時代で変わっていくのに、俺たちだけ変わらなかったらおかしいだろう?(清志郎風に)

 

明日は我が身。

情けは人のためならず。

ですよ。(きっと)

 

ブログ書いてたらサザエさんシンドロームの回避に成功した。 

 

 

 

 

 

グワシ😺