2016年と厄年の恐ろしさ

 

※スピリチュアル要素を含みます。

 

 

おはこん😸

暇だと更新しちゃうね。やばいね。

 

色々あった一年が今日で終わろうとしている。

 

今年唯一の華々しい出来事は、姉が、大学一年生から付き合ってた人と結婚したこと。それくらい。 

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対する自分の2016年は災難が多かった。

去年まで順調にすすんでいた(すすみすぎていた?)人生が、なにをどこで間違えたのか、一瞬で終わるんだなぁって思った年だった。

 

仕事辞めてニートになって、あー自分って何も持っていないんだなってその時実感して。

なんていうか、今まで自分が持ってると思ってたものって、実は最初から持ってなんかいなかったことが分かった。

 

その間とか、いろんな人が支えてくれたし、そういう人たちの優しさがほんとうに嬉しかった。

自分は、デリカシーとか優しく振る舞うみたいな、人間が本来持っていなきゃいけないスペックすら欠落していて、そういうのの大事さをはじめて分かったのも2016年だった。(遅すぎ)

いや、デリカシーは今もないけどさ😸

 

終わったと思いこんでた人生も、運よくすぐ持ち直して、新しい発見とか新しい目標とかも出てきたりして、人生って簡単には終わらないんだなぁと最終的には実感した。

 

生き急いだってしょうがないんだな。

 

 

思い出に浸ってるみたいでどうしようもなくなってきたが、

2016年、なぜ色々あったのかについて考え そして自分なりに出した結論を端的に述べたいと思う。

 

 

 

今年、なぜ色々あったのか。

 

 

 

それは、前厄だったからだ。

 

 

いやマジでこれ以外に思いつかない。

 

これについて、あなたは、非科学的で観念的な話で聞くに値しないって思うにちがいない。 

 

自らの力ではどうしても抗えないものに直面したとき、「あ、これが運命なのか」とほんとうに思ってしまうものなのです信じなさい。

だからこの根拠のないスピリチュアルをどうか寛大な心で受け止めていただきたい。

 

 

来年は厄年、もうすでにビビってる。 

厄年の破壊力は前厄の2倍といわれる(いもけんぴ説)ので、これの2倍とか結構つらめっしょ。

 

あと、年齢をいうとしばしば「若っ!!」と言われますが、1月生まれの私はまだピッチピチすぎる23歳なんですよ!

だから同じ学年の人より1年遅れて厄年がやってくる。

 

 

厄年なんて概念、神社が人の足元みながら儲けるためのキャンペーンに他ならない。

そんなもの、ノストラダムスフリーメイソンなみに信用ならない。

そんなこと誰だって知ってる。知ってるんだけどね…

 

 

…でも …ほんとみんな、

 

 

厄払いはいこーーーな!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

グワシ😸